どのように性は決まるのだろうか?
- Mineyo Iwase
- 6 日前
- 読了時間: 4分
さまざまな生物の性決定の研究紹介を通して、サイエンティフィックライティングの際に気を付けていることをお伝えします。

「どのように性は決まるのだろうか?」という問いは、多くの人が持つのではないかと思います。性差には生物学的なものと文化的・社会的なものがあり、それぞれの意味合いが少し異なるように思います。
ちなみに、文化的・社会的な性差について考える場合、ジェンダー(Gender)という言葉を使います。これは、生まれ持った生物学的性別に基づき、どのように生きていくべきかといった行動様式に関連しています。文化的・社会的性差は、同じ種、つまりヒト同士の間で対立を生むこともありますが、生物学的な性差はその生物が集団として生き延びるための戦略となります。
生き延びるための戦略としての性決定
今回は生物学的にどのように性が決まるのかについての研究を紹介します。
オスとメスの性差を持つ生物では、異なる遺伝子を持った配偶子が受精して子孫を生み出すため、個体ごとに形や機能がわずかに異なります。これにより、環境変化にも対応できる個体が生き残り、生物としての適応力が高まります。
もちろん、性がないままで子孫を残す生物もいます。この生殖方法は効率的に子孫を残すことができますが、環境が変化すると生き残れないというデメリットもあります。
性差を持ち、オスとメスを安定して維持することは、生物が生存するための重要なメカニズムであり、多くの研究者がこの課題に取り組んでいます。
性の決定様式と「組み換え」
温度などの周囲の環境によって性を決定する生物も多く存在します。しかし、環境によって性比が偏ってしまうという問題があります。周囲の環境によらず性比を一定に保てる様式が遺伝的性決定です。
ヒトの場合、Sryというオス化のスイッチとなる遺伝子がY染色体に載っており、Y染色体を持つ方がオスになります。このY染色体に対するのがX染色体です。もともとは1対の同じ常染色体でしたが、Sry遺伝子を獲得した後、Y染色体とX染色体は「遺伝子同士の組み換え」を行わなくなります。その結果、Y染色体にはオスになるために必要な遺伝子が多く存在するようになり、安定的に性が決定されるようになります。
しかし、「組み換え」は有害な変異を除去する重要なメカニズムであるため、「組み換え」をしなくなったY染色体は小さくなり、多くの遺伝子を失っていくことになります。この状況が続けば、遅かれ早かれY染色体は消失するのではないかと考えられます。実際、アマミトゲネズミにはY染色体がなく、Sry遺伝子も存在しません。
ただし、Y染色体がなくてもオスは存在します。別の常染色体が性染色体の役割を果たしていたのです。
解析技術の発展による研究の進展
近年、解析技術の発展により、さまざまな生物種のゲノム配列が決定されました。その結果、遺伝的に近い生物や同じ種類の生物の中でも異なる性染色体を持つことが明らかになってきました。つまり、生物は性染色体を失っても、新たな性染色体にその機能を移行することで性を維持してきた可能性が示唆されています。

また、ある研究グループは、性染色体を持つ生物(カエル類:ツチガエルやネッタイツメガエル、ニワトリ、ショウジョウバエ、植物のヒロハノマンテマなど)に関する文献を集め、性染色体の入れ替わりのメカニズムを詳しく調べました。その結果、性染色体の入れ替わりはどの段階でも起きており、サイクルのどの段階においても性染色体の入れ替わりが生じる可能性を示されました。
性染色体の入れ替わりには以下の5段階があります。
性染色体の誕生:性決定遺伝子の出現
分化:組み換え抑制の確立
退化:Y染色体の遺伝子の大量消失
消失:Y染色体の消失
入れ替わり
さまざまな生物において、安定的に性決定を行うことと有害な遺伝子を除去することのバランスを取りながら、性染色体サイクルを回しているように思われます。
生物は、集団として生き延びるために、性差が存在することの利点を活かし、その仕組みを維持する戦略を取っています。しかも相当柔軟な仕組みを持っているようです。さらに、性決定の詳しいメカニズムが明らかになることを楽しみにしています。
認知バイアス「知識の呪縛」
この文章を書く際に注意したのは、「知識の呪縛」という認知バイアスです。知識を持っていると、自分の知識を前提にしてしまい、他者にとって理解しづらい説明をしてしまう現象が発生します。
私自身は性染色体の進化に興味を持っているので、「性染色体リサイクル」の研究をとても面白いと思い、紹介したいと考えました。しかし、「知識の呪縛」は自分では気づきにくいことが多いようです。どんな文章を書く場合も、なるべくわかりやすい言葉で丁寧に説明することを心がけたいと思っています。
参考
川合 伸幸 2024 認知バイアス : 判断し行動するときの心のクセ 日本作業療法士協会 編 43 (2), 159-163
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