“CIRCO”(チルコ)とは,ラテン語で「歩き回る」の意味。その言葉が転じて、探し回る、探求するという意味も含んだ“Resarch”という言葉が派生した。この連載は、サイエンスライターの室井宏仁が、博物館や美術館を巡りながら,科学や技術のあれこれについて考えたことを書いていく、連載企画である。
第3回 “東京エフェメラ”
職業柄,いつも大量の紙に囲まれている。たとえば書籍制作の際には,修正事項の確認や追加のために紙のゲラをいつも手元に置いている。その他,広告宣伝用のチラシや,毎週送られてくる業界誌。こうしたメディアの多くは人の目を見ないままに廃棄されてしまうことも珍しくない。一方,これらの一時印刷物(エフェメラ)は,コミュニティやそのイメージの形成に大きな役割を果たしている。世界屈指の大都市となった東京もまた,数限りない印刷物の影響を受けてきた。その過程をたどるべく,インターメディアテクで開催された“東京エフェメラ”をCIRCOした。
最初の展示物は,『戦災消失区域表示 帝都近傍図』(1946)。空襲の被害地域が赤く塗られて可視化された地図は,戦災の実態を一般市民が把握することに役立ち,戦後復興の足がかりになったとされる。その隣にあるのは,同じく東京とその周辺地域を描図した『新東京案内精図』(1947)。後者には「一目でわかるアベニュー ストリート」という副題が付いており,当時の進駐軍の影響下で欧米式の街づくりを推進しようとする試みが見て取れる。ほぼ同時期に発行された2つの地図は,都市のイメージが明確でなかった,当時の東京を象徴しているようにも思える。
その後1950年代からは,都市の美化や機能整備の必要性が唱えられるようになった。この時期に東京都が発行した『東京広報』では,美観を損なう過剰な屋外広告や建設中の首都高速道路などが写真付きで取り上げられている。こうした広報物を通した情報発信によって,市民側の意識改革が後押しされたことは想像に難くない。一方で,こうした行政主導の運動に対抗するような動きも存在した。たとえば,新宿などの副都心地域を中心とするいわゆるアングラ文化の広まりは,ゲリラ的に配布されたビラやポスターからも伺える。60年代以降のハプニング芸術(パフォーマンス)の記録も,公共への介入を企図した前衛芸術家による,都市の捉え方の表象として興味深い。
発行主体も目的も異なる印刷物から垣間見える東京の様相は実に多種多様で,それぞれが全く異なる都市を捉えているようにも感じられる。また,常に変化し続けているという点では,生物や生態系のようなイメージも想起できるかもしれない。日本発の建築運動であるメタボリズムでは「建築や都市は閉じた機械であってはならず,新陳代謝を通じて成長する有機体であらねばならない」という理念が唱えられたが,その実例の記録媒体として,エフェメラは無視できない位置を占めていると言える。
[今月のCIRCO]
会期: 2023年4月29日~9月3日(土)
時間:11:00-18:00(金・土は20時まで開館)
会場: インターメディアテク
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