サイエンスコミュニケーションに関係する最近施行された法律について解説していく「サイエンスコミュニケーションと法」という連載を始めます。第2弾は「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」を取り上げます。これは、人に実験に参加してもらうことによって生命科学、医学系の研究を行う際の倫理的なガイドラインです。果たしてどこまでルール化されているのか…一緒に見ていきましょう。
人を対象とする生命科学・医学系研究における倫理指針とは?
「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」、「疫学研究に関する倫理指針」、「臨床研究に関する倫理指針」これらの3つの指針を統合してできたのが「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」です。
人の健康や病気、生命としての仕組みを明らかにするためには、最終的には人に参加してもらう実験が不可欠です。世界医師会では、人間を対象とする医学研究の倫理原則を「ヘルシンキ宣言」という形でまとめています。また日本でもヒトゲノムの解読が勧められている最中の2000年には、「ヒトゲノム研究に関する基本原則」が定められるなど、最新研究と倫理規定の策定は同時進行で行われます。
法律と指針の違いとは?中身はどのようなものなの?
倫理指針と法律はどう違うの?ということですが、大きな違いは、倫理指針は研究者の自主性と自律性を尊重してできているという点です1)。指針に違反があった場合は、研究資金の打ち切りや返還要求などが求められますが、法律違反という形での罰則はありません。ただし関連する個人情報保護法、臨床研究法などに抵触する場合もあるので、やはり理解し、遵守することは大切です。
さて、中身はというと、研究者と研究機関の長といた管理者の責任を明らかにした部分に続いて、研究計画を適切に立案することを定めた「研究の適正な実施等」の部分、被験者もしくは情報や生体試料提供者に対して十分な説明を行い、同意を得る「インフォームド・コンセント」の部分、結果の公表や研究対象者に向けた情報共有を含んだ「研究により得られた結果等の取扱い」、研究者自身、そしてその研究者を監視する管理者の責任等が含まれている「研究の信頼性確保」、何か問題がおきた時に速やかに対応する「重篤な有害事象への対応」、そしてこれらの運営を第三者として審査する「倫理審査委員会」、そして得られた情報の取り扱いを含んだ「個人情報」の項目に分かれています。
かなり広範な範囲の指針であり、多くの研究者は実験を行う前にこの指針を理解する研究やテストを受けることが求められています。
倫理委員会における責任ある市民としての役割
研究倫理の指針に則った研究計画になっているのか否かは倫理審査委会で審査されます。倫理審査委員の役割は、倫理的、科学的観点から中立的に審査を行うことや、審査を行った研究のその後の調査などが求められています。また特に重視されているのが委員会の構成の多様性です。倫理審査委員会の構成は下記のようになっています。
① 医学・医療の専門家等、自然科学の有識者が含まれていること
② 倫理学・法律学の専門家等、人文・社会科学の有識者が含まれていること
③ 研究対象者の観点も含めて一般の立場から意見を述べることのできる者が含まれていること
④ 倫理審査委員会の設置者の所属機関に所属しない者が複数含まれていること
⑤ 男女両性で構成されていること
⑥ 5名以上であること
なかなかハードルは高いですね。この倫理指針に則っている調査では、特に一般の立場の不在の割合が多く、医学部であっても16%全体では40%の倫理審査委員会が一般の立場の委員の不在があるという結果が報告されています2)。
一般の立場から科学研究を審査、監視していく人材の能力像はいまだ明らかではありません。欧州では「責任ある市民」という言葉でこのような役割を名付けていますが、必要な資質や能力、そしてそれらの能力を担保するものはまだ明確には定義されていません。もしかしたら、サイエンスコミュニケーションの能力が、この責任ある市民としての立場に近い能力なのかもしれません。
参考文献
磯部 哲(2018)「なぜ法律ではなく指針による規制になっているのか」、第2回 医学研究等に係る倫理指針の見直しに関する合同会議資料2-2
岡田 美和子(2014)「大学における倫理審査委員会の質に対する研究規制政策の影響」、東京大学大学院教育学研究紀要54
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